、、、すっかり初冬になってしまいましたが、10月23日に行われたミニプラネタリウム『秋の星座を彩るエチオピア王家の物語』について、ちょっとしたエピローグを。
1989年、私がまだ中学一年生の頃、こんなエピソードがありました。何てことの無い拙いお話になりますが、どうしてこのプラネタリウムに力を注いでいたか、お判り頂けたら幸いです。(アイキャッチ画像はプラネタリウムではなく、中学3年次に制作した直径2mの発光星座盤。蛍光塗料と蓄光塗料を使用し、ブラックライトで光ります)
_テンタカクウマコユルアキ_
この言葉を【天高く馬肥ゆる秋】と変換できたのは、いつ
いつまでも忘れない、
私が夜空に惹きつけられた最初の言葉。
中学1年秋、文化祭前夜。
『弟、お前明日までにコレ、出来る限り覚えてきてくんないかな。』(※注:2学年上の兄も同じ部活に在籍していました)
先輩は相変わらず唐突に、こう宣いながら1本のカセットテープを私に押しつけた。【プラネタリウム解説の手引き】というような題名の貼られた、1本のテープ。
部の予算を大量投入して購入された電池式プラネタリウム
『模型の方が、な。終わんないんだよ。』
先輩は皆、展示模型の製作に追われていた。目が血走っているどころの話ではなく、半狂乱の有無を言わせない迫力の前に、テープの行方は既決の事項だと悟った。下働きが一段落してプラプラしている下級生に拒否権は無い
さて。
持ち帰ったテープを睨んでみる。全天の星座は88。テープはみっちり60分。出来ないことではないかもしれないが、一夜で覚えるにしては量が多すぎる。私は躊躇わずにB面をセット。「今の季節は秋なんだ。他の季節は覚えない。広く浅くてもお客は喜ばない、偏っていても人を唸らせる深さに重点を置きたかった。
_テンタカクウマコユルアキ_
その言葉は、テープから流れた女性ナレーターの第一声。いかにも説明調で古臭い台詞ばかりが流暢に流れて行くの
エチオピアが何処かも知らず、がむしゃらに覚えた王家の神話。王ケフェウス・王妃カシオペア・王女アンドロメダ・勇者
翌朝は早朝に学校に忍び込んで星座の位置を詰め込み、本
プラネタリウムという暗室で、マニュアルを見ることもできずに上演した初回の緊張、そしてそれを何とか乗り切った充実感、得も言われぬこんな快感は、忘れられない。(出来がどうだったかというのは別として、、、)
それから6年間の部活だけに留まらない、今に至る星見の系譜の、原点。すべてはこの古臭い台詞から、始まった。
「天高く馬肥ゆる秋。」
今日も昼光が落ちてゆき、夕焼けのランプが点る。
空に輝く一番星を探さば、あの頃のBGM(ジョージウィンストン版のパッヘルベルのカノン)が頭を流れてゆ
暮れゆく空に、瞬く星々。
たまには心を空(カラ)にして、
見上げてほしいと思うので、あります。 ( 遊覧航路 2003.10.01の日記より引用)
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・1992年秋より、
【ASTRONOMY(天文学)】という文化祭冊子の発行を開始。
展示物の解説(いわゆる模造紙解説)をプリントにしただけでなく、
部員自身の解説の手引きとして重宝する存在となった。
その冊子の第2号『プラネタリウム解説のために』では、
全天88星座の完全解説を試みた。
ワープロ(一太郎)の罫線機能を用いて星並びや位置図を掲載した労作。
いや、これで実際ほとんど夏休み潰れましたし(T_T)。
今読むとかなり不完全で笑ってしまいますが、
来校者にも割合好評で、翌年には誤字脱字や文章の捻れ・不備を改訂。
更には用語索引までくっつけて、中高6年間を締め括った覚えがあります。(その後3年間に亘り増刷が発行)
・今回のプラネタリウムの手持ちパート(「オチ」担当)でも、この冊子の文章に手を加える形で喋らせて頂きました。愉しんで頂けましたら幸いです。