大人の図鑑カフェ

「知らない町」の階下の住人

「知らない町」の階下の住人

IMG_0745弁当屋時代からのお客様が置いていった一枚のチラシ。
「撮っていた映画が公開になったので」というご縁で、お店のお知らせボードに公開日程の告知をしています。映画に明るくない僕ですが、序盤の舞台がこの街「桜台」であること、そして何よりも【実は、このビルの上階の一室が舞台でして、、、】と明かされた事が、映画に久しい僕を動かしました。そうですよ、よく見るとチラシ裏の写真なんか、モロに店先の交差点です。

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日芸の映画学科がある街です、この街が知らず舞台になっている事はままある話なのですが、まさか店の上の住人がその場で撮っていたとなると話は別(監督は多摩美大出身なのでそのあたりはたまたまなんですが)。撮影期間が2010年〜2012年と、ちょっと懐かしい街の光景も目で追いつつ、ああ、まだ弁当屋のタペストリーが出てるな、とか。都バスの車庫やコンビニや跨線橋や、あちこちに「僕以外の視点」で切り取られた風景を目で追う。地図調査員の主人公の地図にまで、見知った地名を追う程に、映画鑑賞としてはあるまじき「舞台の住人」としての視点で最初は観ようと思ってたんですね。

ネタバレになる部分はボヤかして書きます。幽霊騒動とチラシにはありますが、ステレオタイプな幽霊が出てくるホラーでも人が狂いだすサイコでもなく、使い古されたオカルト用語で言うところの「残留思念」(と、ひとくくりにしてしまって良いのかは解りませんので補足します)というか、ある場所や物にまつわる人々の思い入れ、__いや、想い遺しと書いた方が適切かな__が、大きくテーマになっていたように感じました。それが、いわゆるいわく因縁のたぐいでは無くて、もうちょっと暖かく、しかし時として痛みを伴う想い出。その場所に人が居なくなっても、その人は違う場所でその場所を懐かしく思い出すという懐古のような。例えが適切かはわかりませんが、子どもの時分や学生時代だったり、同棲時代だったり、巣立った後に残るなにがしかの想い遺し。それは少なからず誰もが持ち得る感覚あるいは感傷のひとつかな、と思います。それがこの映画では部屋に宿り、また、古物ソファという象徴的な物に宿り、普通だった生活にちょっとした変調を引き起こす。

予備知識なく観に行きましたが、当日はたまたま監督さん(お客さん)のトークショーの日でした。この映画では無い脚本家さんとの対談のなかで、「言語化出来にくい感性に訴えるアート系作品」と評されていましたが、確かに、ストーリーが完結するタイプではなく、未消化の想い遺しがラストでも回収されない所が、そのまま映画のテーマだと受け止めました。現実と想い遺しが混濁したまま、ストーリー回収の無い未消化な怪奇がざわつく余韻として後を引く。でも、ホラーでもサイコでもなく、場所や人の想い遺しがテーマなので、震える怖さでもなく。自己の思考の中に他者の「想い遺し」が入り込み、ぼんやりと霧や靄がかかるような自分さえ俯瞰できなくなる違和感が正体、なのかと。

象徴的な台詞として『こうやってぼおっと川を眺めながら、同じように眺めてる人がいたんじゃないかなって想像したんです。そしたら私の目を通して誰かがこの景色を眺めてるんじゃないかな、と思ったんです。』とある。そう考えると、【「見知らぬ町」の階下の住人】という邪な動機で観に行った僕も、それはこの街や物件に対する想い入れに他ならないし、監督さんという他人の視点を通した街やビル、更には部屋まで生々しく見せられる中で、映画の舞台には表れなくともその場に存在していた生身の人間として、様々な事が過ぎったのは偶然では無いはず。正確に言えば、題名の「知らない町」は後半の舞台あるいは混濁した世界を指すと思われるので、僕の【「見知らぬ町」の階下の住人】という視点は映画半ばで頭から抜けていくんですけどね。

ネタバレ的裏話としては、作中に象徴(現実と混濁のスイッチ)として登場する古物ソファは、監督自身を含めて5人の来歴を追えるのだそうで。僕も先輩の先輩の先輩から受け継いだロードサイクルに乗っていました、そして僕もそれを2代後まで辿ることができます。そうして、良い想い入れと共に大切にされて持ち主を変える物もまた、あるんですよね。その一方で、リサイクルショップで来歴が解らない家具や食器、アクセサリーにどうしても手が出せない自分も居る。非科学的と割り切れない、不条理と感性の隙を突いた面白い映画でした。

渋谷の単館、しかもレイトショーなので気軽に見に行ける映画ではありませんが、僕としてはお勧めしたい映画です。特に桜台住民の皆様、いかがでしょう(笑) そして大内監督、拙い文章ですがちゃんと宣伝出来てますでしょうか、、、(心配) お客様へのチラシもたくさんございますので、興味のある方は店長までおたずね下さい。

※ただし、撮影舞台となっているビル内は居住者以外立ち入り禁止ですのでご理解下さいませ※

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<映画情報(敬称略)>
題名:「知らない町」
監督・脚本:大内伸悟
キャスト:柳沢茂樹 細江祐子 松浦祐也 富岡大地 伊澤恵美子 福岡綾真
撮影:安藤広樹 照明:小舟統久 録音・音響:吉方淳二 音響:横溝千夏
楽曲使用:「三月のタモリ」おれはこんなもんじゃない、「homecoming」石橋英子
制作・配給:clown film
http://nuknowntown.com
 
2016.06.11-2016.07.01
【シアター】イメージフォーラム
レイトショー21:15より上映


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