大人の図鑑カフェ

御陵印巡りに行って来ました

御陵印巡りに行って来ました

img_1586最近、御朱印が密かな?ブームを迎えているようです。私も高校の頃からかれこれ20年以上、あちこちの仏閣や神社に参拝しているうちに随分と増えてきました(現在5冊目)。お守りはなんとなく大量生産の香りがしますが、御朱印はひとつひとつ書いて頂けるところが有り難いところ。スタンプラリーの様にむやみに御朱印だけ集めるのもどうかとは思いますが、参拝の気持ちと節度を持って集めている分には、かなり面白くも有り難い物だと思います。かなり歴史や美術の勉強にもなりますし。そして、その力強い墨の書が、なんとも言えずデザイン的にも完成されていて格好良いんですよね。

さて、本題の【御陵印】です。

天皇陵墓にも一つずつ陵墓印というのがあります。 ただし、各陵墓に社務所があるわけではなく、 宮内庁書陵部陵墓課が、全国を五つの監区に分け、その監区毎の事務所に所属の陵墓印が一括管理されています。つまり、五つの監区事務所を回るだけで、124代+神代3柱と呼ばれる方々の陵墓印が集まります。(ただし、重祚や南北朝期、朝廷の財政問題で合葬などもあり、また、神代3陵も加えて現在は93印です。)本来なら全ての陵墓に参拝してから押すのが道理なのですが、今回は【王室と皇室】フェアが迫っているため取り急ぎ5箇所をグルリと巡ってきました。1泊2日(近畿)+1日(東京)の強行軍で(泣)。慶事休業のあの期間です、母が兄宅で子守をしている間の突貫行。親不孝者ですね。

監区事務所は畿内に四箇所、東京に一箇所。 以下の通りです。

・古市陵墓監区事務所:大阪府羽曳野市(応神天皇陵内)

img_1491img_1494
・畝傍陵墓監区事務所:奈良県橿原市(神武天皇陵内)
img_1497img_1501・桃山陵墓監区事務所:京都市伏見区(明治天皇陵内)
img_1502img_1503img_1504・月輪陵墓監区事務所:京都市左京区(泉涌寺内)
img_1509img_1515・多摩陵墓監区事務所:東京都八王子市(大正・昭和天皇陵内)

img_1594img_1598しかし、頂けるのは御陵印だけ。歴代天皇が即位順に管理されているわけではなく、遷都や不慮の事情により、多摩以外の監区は入り乱れている印象です。なので、お出かけ前に歴代天皇の尊称と陵(みささぎ)の名前、陵墓の所在地などをあらかじめ書き込んでおかないと、大変なことになります。また、陵墓は大阪に有るのに監区は京都、、、なんてこともあるので、押し忘れなど無いように慎重に。

御朱印と違い無料な事は嬉しいです。帳面だけ用意すれば良いのでお手軽です。しかし、事務所とは言え宮内庁の管轄にお邪魔するのはかなりハードル高いです、、、よね。しかも事務所はどこも駅からかなり距離がある上、一般認知度が低いのでバスなどの公共交通機関が通って無かったりします。そこは頑張る所です、、、たとえこのような地獄の石段でも、、、

img_1505

 

明治天皇陵の地獄の石段。

地元の体育会部活の中・高・大学生に恐れられているトコです。

夕方だというのにかなりの若者達が汗を流してました。

オッサンにはキツいよ、、、特に下りが怖いよ、、、

なんて思っていたら地元の健脚な御老人にスタスタ抜かれました(ノД`)

 

 

 

満願成就?として全部揃えて感じたことですが、日本の通史としての都の変遷(だいたい遷都の後に陵墓も移る)や、皇室の財政事情なども見えてきて(合葬)、見渡しの良い歴史の縦軸を得たような感覚です。

----------※御注意※-------------
普段のお付き合いのある方は大丈夫でしょうが、
誤解があるといけないので念のため。

僕は政治的にも宗教的にも右派でも左派でもありません。
強いて言えば仏教徒ですが、
日本仏教の中でも『何でもアリ』とまで言われて一部は異端視さえされる浄土真宗。因みに信徒数では最大派閥なんですが、それなのに異端扱いなのは教義が緩々だから。
(東京ボーズコレクションを呼びかけたぐらいブッ飛んでマス。気になる方は検索で。)

幼稚園はカトリック系ですが、プロテスタントでも隠れ切支丹でも正教会でもルーテル派でもOK。基本的に典型的な日本人の八百万の神様状態。東京ジャーミーにも行ってみたい。各国の文化価値観の根本を成す場合もあるので、教養としてある程度の理解は必要と考えます。

新宗連や新宗教にも、一応理解はあります。そこに政治的意図が見え隠れしている事まで含めた上で、許容範囲のものは肯定的です。場合によっては経済団体や特定組合の方がタチが悪いし。
ただ、家族や友人に強要しない、他宗を敵視ないしは排外しないと言う注釈がつきます。輸血拒否問題なども含めて、あまりに視野の狭い教義に固執する方は個人として御免被ります。

一神教徒の方には
『何でも信じる人は何も信じて居ないのと同じ』なんて言われたりもしますが、そうでもありません。ある現象をあるがままに受け入れるとなると、割合と多神教が寛容的で精神安定上、気が楽です。

興味本位で突っ込んで良い場所では無いので、最低限の礼儀作法は心得てから出掛けています。
諸々ございますが、民俗学の延長線上と捉えていますので、各宗派の方々におかれましては、ご理解賜りたく、宜しくお願い申し上げます。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です