大人の図鑑カフェ

鍋を磨く

鍋を磨く

押し入れに長いこと眠らせていた、鋳鉄の鍋。
何年かぶりに引っ張り出してみると、
痛ましいほどに、細かく赤い錆が出てしまっていた。

大好きで、大事な大事なこの鉄鍋は、
僕が最初に自活を始めたとき、友人から御祝いで頂いたもの。

大学時代、鍋や鉄板を担いで里山に学んだ学生タキビストにとって、
【鋳鉄鍋(ダッチオーブン)】と言えば
一つの憧れでもあった。

焚火の側で焼けてゆく鳥のロースト、
鍋蓋であぶるベーコンと目玉焼きの朝食。
思い描いてはお腹がグーと鳴るその料理とその空間を、
みんなとシェアできたらゴキゲンだね!
ねんて、当時の僕らは思っていたわけで。

そんな僕は、ある時、
鋳物屋の友人に
「お前も鋳物屋の倅なんだから、
ダッチオーブンぐらい作ってみろよ」なんて軽口を叩いた。
大学もそろそろ卒業となって、
その友人も家業を継ぐことが決まっていたので、
発破をかける意気も半分、その言葉には籠もっていた。

焚き火の横でぼんやりと考えていた彼が、
「んー。考えとく。」
と言った言葉が、やけに頼りなかった事を覚えている。

それから数年の後、
そんなことはすっかり忘れていた僕の元へ、
この鉄鍋が届き、さすがに吃驚した。

結局、この鉄鍋は彼の作ではなく、
親戚が作った南部鉄器なのだけれど、
その鉄鍋には彼自身、
詳細な注文を出したと思われる細かい工夫が施されていた。

ダッチオーブンのようでダッチオーブンではない、
南部鉄鍋のようで、鉄鍋の風合いからもどこか外れている。

そんなくすぐったい思いの籠もった鉄鍋。
「この鍋で、焚火を囲もう。」
という友人の端書きの願いを叶えることなく、
ついに、付き合いは途絶えてしまった。

この鉄鍋は、そんな事を思い出させる。
放っておくと錆びるところなんか、
なんとなくその友人とイメージが少し、被る。
定期的に電話を入れていないと
「誰?」なんて、平気で言ったっけ。

赤茶けた鉄鍋を、頑固たわしでガシガシと洗う。
みるみる錆はとれていく。
そこで僕は、この鍋と一緒に風呂にドボン。
風呂桶の中でガシガシと更に磨いてやる。
鉄鍋特有の、デコボコしながらも滑らかな金地が出てきたら、
ザッと水気を切って、そのままガスレンジで素焼き。
チンチンと音を立てるまで高温で熱したら、自然冷却。

「そろそろ御機嫌は直りましたか?」
と、鍋に声を掛ける。
焼けた鉄は、シュウシュウと音を立てて僕を迎える。
どうやら御機嫌は直ったみたい。

さて、じゃあ、いきますよ。
僕は熱くなった鍋に一匙の油を差し、
そのまま玉葱とニンニクを炒めに掛かる。

今日の夕飯は、チリビーンズ。
鉄鍋を手に入れて、初めて作った日の料理だ。

みんなで騒ぐような、陽気な焚火に絶対合う!
とは何度も思いながら、

その憧れの料理の味は、
まだ、僕しか知らない。

調理の終わった鍋を磨きながら、
僕自身もなんだか、
一つ錆を落としたような気分になったのでした。

 

※と、ここまでは2007年にmixiに書いた日記からの転載です。

時を経て、場所を移し、鉄鍋からステンレスの鍋に変わりまして、

皆様に提供する場を得ることができました。

(その後何度か焚き火端でこの鍋を囲んでもいます)

煮込み料理ですので、時とともに味も変化していくものですが、

煮詰まってきたものもまた、酒のつまみにちょうど良くまろやかになります。

味わって頂ければ、幸いです。DSCF1111



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